京都府北部【海の京都】京丹後市の観光情報「京丹後ナビ」は、久美浜町・網野町・峰山町・大宮町・弥栄町・丹後町の6町からなる京丹後市観光協会のサイトです。

京丹後の伝説・民話

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白鳥伝説

垂仁天皇の皇子である誉津別皇子(ほむつわけのみこ)は、なぜか成長しても言葉が話せませんでした。 天皇は残念に思い、とても可愛がっていました。 ある日、大きな白鳥が鳴きながら群れをなして飛んで行きました。 これを見た皇子は・・・

静御前

磯の善次の娘として生まれた静は6歳で父を亡くし、思い出多い故郷に別れを告げ、母と京都に上りました。 巧みな舞と美しさで静は指折りの白拍子に成長し、寿永元年(1182年)7月、後白河上皇が京の神泉苑で雨乞いの神事を行った時・・・

田道間守の伝説

垂仁天皇は大和国纏向宮で国を治めていましたが、ある時「私の為に誰か常世国へ不老不死の霊菓、非時香菓(ときじのかぐのみ)をさがしに行ってくれる者はいないか」と尋ねました。 この大役を田道間守が命を受け、その後十年後に無事大・・・

丹池伝説

昔、大阪の鴻池(こうのいけ)に美しい娘がおりましたが、嫁に行かぬと両親を困らせていました。 ある日、丹後に稼ぎたいと言い出したので、娘を立派なかごに乗せてお供をつけ、はるばる丹後まで送らせました。 桜尾峠でかごを降ろして・・・

浦嶋伝説

昔、銚子山古墳の地続きに日下部氏の屋敷がありました。 日下部曽却善次夫婦には子どもがなく、子宝に恵まれたいと百日祈願をしていました。 満願の夜、夫婦は不思議に同じ夢を見ました。 神から「ふたりの願いを聞き届けよう。明朝、・・・

引原のごんすけ

木津から網野へ出る道に引原峠があり、昔は大木が茂って昼でも暗い山道でした。 ここに人を化かす古狸がいて「引原ごんすけ」と呼ばれておりました。 お祭りなどの帰りに持っていたごちそうを食い荒らされたり、風呂を浴びていたらそれ・・・

琴引浜物語

歴史的に古くから鳴き砂の浜として知られ、戦国時代の武将で丹後田辺城主であった細川幽斎や、その息子忠興の妻細川ガラシャが琴引浜や太鼓浜を和歌に詠んでいます。 また、江戸時代の地誌として有名な木内石亭著の『雲根誌』にも書かれ・・・

七竜へび

塩江村と磯村の間に大きな岩山の峠道がありました。 峠近くに高天と呼ばれる山があり、頂上あたりの大きな穴に「七竜へび」が山の主として棲んでいたといいます。 ある日、旅人が一休みをしてたばこをすっていると、白い小さな蛇がする・・・

五色浜の不思議

海中公園地区に指定されている五色浜は、長い年月をかけて波の浸食を受けて形づくられた奇岩が、いたるところに点在している岩場です。 波打ちぎわには色とりどりの玉石が美しく輝いていることから、こう呼ばれるようになったといいます・・・

丹後羽衣天女伝説

昔、比治の山の山頂に真奈井【まない】という美しい池があり、8人の天女が水浴びをしていました。そこへ通りかかった老夫婦が1人の天女の衣を隠してしまい、天に帰れなくなった天女に向かってこう言いました。「わたしには子どもがいま・・・

龍伝説

全国を回り布教活動をしていた一遍上人【いっぺんしょうにん】。その様子を描いた絵巻物『一遍聖絵』【いっぺんひじりえ】によると、弘安7年(1284年)5月上旬、一遍上人が久美の浜を訪れ念仏を唱えていると、突然、海中から大きな・・・

鬼退治伝説

推古天皇のころ、丹後の国三上ヶ嶽(現在の大江山)では英胡・軽足・土熊(土車)の3匹の鬼が首領となり、人々を苦しめていました。朝廷は用明天皇第三皇子(聖徳太子の異母弟)の麻呂子親王を大将軍に任命し、鬼の討伐に向かわせました・・・

小野小町

小野小町は平安時代を代表する六歌仙の1人で、絶世の美女といわてています。都を離れ、天橋立を目指した小野小町は、途中、京丹後市大宮町五十河(いかが)に滞在します。当時の五十河は「五十日」と呼び、「日」の字が「火」に通じるこ・・・

細川ガラシャ

明智光秀の三女として生まれた玉子(のちのガラシャ)は細川忠興に嫁ぎました。本能寺の変の後、玉子は京丹後市弥栄町味土野に幽閉され、侍女の1人からキリスト教の話を聞き、信仰に救いを求めるようになります。やがて洗礼を受け「ガラ・・・

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