2026.05.22|

丹後ちりめんを京阪神へ
織物業者らが出資
加悦鉄道開業100年

加悦鉄道について宮脇さんが記した本『時刻表おくのほそ道』(文春文庫)
宮脇さんが乗車し、心地よい揺れを感じたという気動車「キハ101」

鉄道紀行の名作「時刻表2万キロ」の著者・故宮脇俊三さんは、心を捉えた町の一つに丹後の加悦(与謝野町)を挙げている。連子格子の家から響く機音、廃線になった旧加悦鉄道…。

かつてその私鉄に乗り、「波間に漂う小船のようにゆうら、ゆうらと揺れる」と書く。不思議な味わいに引き付けられた。

雪の中を走る加悦鉄道の蒸気機関車(昭和28年、加悦鐵道保存会発行『よみがえる加悦鉄道』より)

今年は加悦鉄道の開業100年にあたる。大正末期、丹後ちりめんを早く京阪神へ運ぶため、織物業者ら823人が敷設費や車両費など30万円、現在の2億円超を出資。鉄道省宮津線と結ぶ延長5・7キロの念願の鉄路だった。

当初は「絹鉄道」と呼ばれ、ちりめん機業の好景気を支える。戦争の足音が近づくと、大江山で採掘された軍需資材のニッケル鉱石も運んだ。暮らしに密着した地域の足として活躍したが、1985年に幕を下ろす。駆け抜けた軌跡は、産業の盛衰や世相を色濃く映す。

加悦鉄道の線路跡に整備されたサイクリングロード。右端の赤い屋根の建物が旧加悦駅舎で現在は鉄道資料展示室として活用されている(与謝野町加悦)

全国でローカル線や中小私鉄の廃線が進んでいる。地方の人口減で客足が細り、ここ30年で68区間の計1366キロに及ぶ。鉄道ファンの中には線路跡をたどって往時に思いをはせる人も多い。

22日はサイクリングの日という。緑風に包まれ、今は自転車道になった加悦鉄道の跡でペダルを踏むのはいかが。

「終着駅は始発駅」。宮脇さんが好きだった言葉を携えて。

 

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