2024.03.29|

ノムさんの好敵手・福本豊さん、丹後で語る
プロ野球の舞台裏 熱弁2時間

福本さんの話を聞き入る来場者たち

プロ野球・阪急ブレーブスで数々の盗塁記録を樹立し、「世界の盗塁王」と称された福本豊さんが、ライバルだった元南海ホークス捕手の故野村克也さんの古里・京丹後市網野町のアミティ丹後で講演した。ノムさんと打席や塁間で繰り広げた心理戦をはじめ、人柄にも触れつつ勝負の世界の面白さを2時間語り尽くした。

 

講演は地元有志でつくる「野村克也さんを忘れない」人々の会などが主催した。

球拾いから「世界の盗塁王」へ

講演で野村克也さんとの対決を振り返る福本さん(京丹後市網野町網野・アミティ丹後)

福本さんは1969年に阪急ブレーブスに入団。シーズン106、通算1065盗塁の記録を打ち立てたほか、168センチの小柄な体格ながら208本塁打を放ち、115三塁打は現在も日本記録だ。

第1部の講演で、福本さんは「何を間違えたのか、プロ野球選手になってしまった」と切り出し、「中学生の頃は球拾いばかりしていた」と打ち明けた。高校でも野球を続けるつもりだったが、親から「ずっと球拾いでいいのか」と諭されたという。

高校進学後、外野の守備練習に参加する機会に恵まれると全ての打球に反応して必ず一歩目を踏み出した。すると監督に「よく野球を知っている」と見いだされ、メンバーに選ばれるようになったという。「(小さな努力は)必ず誰かが見てくれている」と会場の野球少年たちに助言した。

ささやき戦術・クイックモーション
対福本さんにノムさん躍起

在りし日の野村さん(京丹後市峰山町・峰山高)

阪急に入団した1年目の話では、捕手の野村さんから打席で話しかけられる「ささやき戦術」を受け、気を取られて三振をしてしまった時を振り返った。「遠征先で行ったお店まで指摘された」と野村さんの情報収集能力に驚いていた。

さらに、福本さんがランナーとして頭角を現すと、野村さんは投手に投球動作を素早くする「クイックモーション」の練習に力を入れ「対策され始めた時は走れなくなった」という。ただ、福本さんも投手のくせやリズムを研究し、再び盗塁数を重ねた。「体は小さいけど、頭を使い工夫して成長した」と第一線で長くプレーするこつを語った。

このほか福本さんは、昔はわざと死球を投げられたり、走塁しにくいように塁間の土を軟らかくされたりしたといったシビアな勝負の世界にも触れた。監督時代の野村さんは選手のやる気を引き出すのがうまく、「僕も野村さんに誘われたらもう1年現役を続けていたと思う」と熱っぽく語った。

塁間の土を柔らかく
シビアな勝負の世界

盗塁の極意やバッティングフォームを語る福本さん(中央)と山田さん(左)、山崎さん(右)

第2部では、タレントの山田雅人さんと、「野村克也さんを忘れない」人々の会代表の山崎高雄さんを交え、福本さんとノムさんの思い出話をさらに深掘りした。

山田雅人さん(以下、山田さん) 福本さん、貴重な講演をありがとうございました。

福本豊さん(以下、福本さん) まだまだ話足りませんよ。

山田さん いや、僕がノムさんから話を聞いていますと「阪急と試合をする時は福本さんがいるから、ランナーで出て盗塁されて、ノーヒットで1点取られる」と、「あんな嫌なチームはない」と言っていました。

福本さん そうですね、打席に立つと野村さんが背後から「出塁したら走るのか」と、よく聞かれました。

山田さん あの「ささやき戦術」というのは本当だったのですね。

福本さん 本当です。集中力を散漫にさせられる。特に若い選手は。

山田さん 嫌がられますよね。山崎さん、この会の会長ですが、すてきなイベントですよね。

山崎高雄さん(以下、山崎さん) ありがとうございます。ただ、今日の福本さんの話を聞くと(野村さんが)悪人みたいですね、はは。

山田さん いや、福本さん、悪人ではないですよね。

福本さん 違います、違います。ランナーが走りにくいように塁間を柔らかくし始めたのは金やん(プロ野球唯一の400勝投手・金田正一さん)。それから、近鉄、南海が初めて、全チームやっていました。

山田さん 僕もいろいろな選手に聞くと(ささやき戦術は)大変なことになったそうです。有名人とスキャンダルがあった選手がバッターボックスに立つと、野村さんがそのことを言ってくるらしいですよ。「え!」となってストライクを取られる。野村さんは福本さんのネタも仕入れていたということですよね。

福本さん 何で知っているんだろう、ということも知っている。「この前、あの辺うろうろしていたな」とか。

山田さん 山崎さん、こうした作戦は戦いの場ではとても必要なことですよ。緩急を付ける、相手のことを知るということです。今日の講演を聞きますと、福本さんは加藤秀司さん(福本さんと同期入団)のおかげで入団できたとおっしゃっていた。(福本さんは)ドラフト7位ですよね。そして、野村さんもテスト生なんですよ。

福本さん 昔はそういうのが結構ありました。

山田さん 球界を代表する選手がテスト生だったりドラフト7位だったりしている。

福本さん ドラフト7位というのは本来「おまけ」なんですよ。

山田さん 野村さんから「お前はドラフト7位やったんか」といったことは言われましたか。

福本さん それは言われなかった。(野村さんは)褒めることはしないからね。

盗塁の極意、投手の観察にあり

山田さん クイックモーションの話も出てきましたが、南海の投手は(モーションを小さくするために)すり足で投げていたとか。

福本さん 足を上げてはいけんとか。

山田さん 山崎さん、この京丹後にノムさんがいたという事実はすごいですね。

山崎さん そうですね。

山田さん 福本さんのためにここまで研究している。

山崎さん 今月頭にヤクルトスワローズに行く機会がありまして、常務から野村さんは「投手はクイックモーションができないとだめだ」ということをミーティングで強調されていたそうです。福本さんと対戦した時に、いろいろと野村さんは聞いていたそうですね「何を見て走っているんや」とか。

福本さん しゃべらされるんですよ。野村さんが「キャッチャーの肩が弱いから走るのか」と聞いてくるので「ちゃいます、ピッチャーのモーションですわ」と。

山田さん なるほど、その雑談から拾っているんですね。

福本さん いやあ、余計なことを言ってしまったなぁ、と思いました。それからピッチャーのモーションが小さくなりました。

山田さん オールスター戦でうかつな雑談は出来ませんね。

福本さん (野村さんの)横には座れなかった。

山田さん 野村さんは何年先輩ですか。

福本さん 12年上です。

山田さん 山崎さん、ノムさんは雑談の中から情報を集めていたということで、すごいですよね。

山崎さん この話には続きがありまして、野村監督が情報を聞き出そうとした時に福本さんから「いや、フォーム見たらどっちに投げるか分かるでしょう」と言われて手の内がなくなったと言っていました。

山田さん 福本さん、ピッチャーを見たらけん制するかどうか分かりますか。

福本さん 分かりますよ。だいたい、けん制をする時と投げるときの硬さが違う。けん制の時はフォームがゆったりしている。クイックの時は硬い。村田兆治(「マサカリ投法」で活躍した投手)にも聞かれて「投げる時がちがちや」と言ってしまって、修正されてしまった。

山田さん 東尾修さん(元西部の左腕投手)にも教えたそうですね。

福本さん 肩が動くと指摘した。投手のそういった(けん制と投球の)違いを探していた。硬いか柔らかいかを見ていた。

山田さん 足が速いから盗塁できるというわけではないのですか。

福本さん タイミングですね。投手を見て、足がスムーズに出るか、試合が練習なのです。打球の反応、ピッチャーの反応を試合で見る。

山田さん 福本さんとノムさんの駆け引きを知って試合を見ていたら面白かったでしょうね。

福本さん たとえば、ツーアウト満塁フルカウントの時、ストライクを取ると打者は思う。だが、(野村さんは)ボールになる外角のスライダーを投げる。「気をつけろ」と言われていても振ってしまう。

山田さん (走塁慣れしていない)ピッチャーをわざと四球にして福本さんの前を埋めていたというのは本当の話なのですか。

福本さん そうです。ヒットを打ってもピッチャーなのでホームまで帰られないかもしれない。だから監督はピッチャーをアウト覚悟で盗塁させていた。

山田さん 野村さんはテスト生として入団して、いかに福本さんを抑えるか、王貞治さん(元巨人で868本塁打を記録)を抑えるかで知恵を絞っていた。それは、ノムさんが少年時代に新聞配達や牛乳配達をしてきた経験が生きているのではないでしょうか。

山崎さん そうだと思います。小さい頃から常に課題解決を考えていた。

山田さん ノムさんの口癖は「天才に勝つためには知恵」と言っていた。

福本さん 僕はだいたいでやってきただけだけど。

山田さん いやいや、福本さんは天才ですよ。そして、野村さんは天才に勝つには努力しかないと言っていた。

1000盗塁をかけた勝負
けん制、けん制、またけん制

山田さん 福本さん、ノムさんとの忘れられない対決はありますか。

福本さん ありますね。1000盗塁の時です。ピッチャーが左腕で、何度もけん制をしていいスタートが切れなかった。だが、セーフになった。すると野村さんから「お前、山勘で走っているんじゃないな」と言われた。2回けん制したら3回目はないとか、3回けん制したら4回目はないとか、そう山を張って走る人もいるが、10回以上けん制された。

山田さん 忘れられないですよね。ノムさんも絶対にさせてたまるか、と思っていたはず。

福本さん でも、(1000盗塁を決められた捕手として)名前が残るからいいじゃないですかと言いました。

山田さん 野球人として野村克也のすごさはどこにあるのでしょうか。

福本さん キャッチャーで三冠王でしょう。そんな選手出てきませんよ。ヤクルトでも日本一になって、キャンプで野村さんに「ヒマワリになっていますと」と言いました。

山田さん 福本さんがもし、もう一年現役を続けられるならノムさんの下でプレーしたいとおっしゃり感動しました。

福本さん やはりやりたい、プレーをしたい。野球は面白い。

山田さん 再生してもらった人は「この人を優勝させたい」という思いになる。

福本さん もうつぶれてもいいという気持ちでプレーする。

山田さん 山崎さん、野村さんの人をよみがえらせる力についてどう思われますか。

山崎さん そういう気持ちや可能性、あきらめない気持ちを伝えたく、会の活動をしています。

山田さん 子どもたちに「諦めなければチャンスをつかめる」と教えられるのはいいことですよね。

山崎さん そうですね、そうしたところを伝えていきたい。

山田さん ノムさんに「痛い目に遭ったなぁ」というのはありますか。やはり、プレーオフですか。

福本さん あー、あれはねぇ。悪夢やねえ。

山田さん 昭和48年のプレーオフ、阪急対南海。

福本さん (シーズン中は)阪急の12勝0敗やからねぇ。侮っていたわけではないけれども、第1戦で負けてしまって。

山田さん 新聞では「死んだふり」と言われた。

福本さん たぬき(寝入り)だな、と。

強いチームは「1、2番」が鍵
ノムさん、阪神の礎つくる

地元の野球少年と記念撮影する福本さん(右から2人目)

山田さん 現役時代は三冠王、監督も全部日本一になっている。

山崎さん 阪神(の監督時代)だけは…。

山田さん いや、あれはノムさんが選手を育ててバトンタッチをしていますよ。あの伝統が近本(光司)と中野(拓夢)に受け継がれていますよ。野球は結局1、2番です。

福本さん 強いチームは1、2番がしっかりしている。

山田さん ノムさんはそれを忠実に守っていた。

福本さん 僕が痛い目に遭わせましたから。「お前にやられたから」と。

山田さん 背が低くても、野球頭が良かったら通用する。

福本さん それと足が速ければ。

山田さん 山崎さん、阪神にノムさんの伝統が息づいていますね。

山崎さん 野球は1、2番の出塁率が高いと勝率も上がる。福本さんは生涯出塁率が3割9分を超えているのですよね。すごいです。

福本さん 一番は選球眼です。バッターは一発で仕留めるのが大切。

小さくても本塁打は打てる
「コンパクトなフォームを」

山田さん ノムさんはキャッチャーで本塁打。仕留めてきたんですね。センターから守っていてバッターノムさんはいかがでしたか。

福本さん 非常にコンパクト。

山田さん 大振りはしないのですか。

福本さん 小さく鋭い振りでした。大振りすると力が入らないでしょう。

山田さん 体の回転でかちんと打つ。

山崎さん 野村さんのノートには「グリップを出すな」とあります。大きく手を動かすなということ。

福本さん (身ぶり手振りで)こうやって小さく振り、いやでも大きくなる。監督から腰を鋭く振れと。

山田さん 会場のみなさん、明日から草野球の王者になれますよ。子どもたちに伝えてあげてください。

山崎さん 頑張って説明しているのですが、なかなかやってもらえません。

福本さん 僕は身長168センチですよ。でも200以上本塁打打っている。野村さんにも「お前、ホームランバッターやな」と言われました。

山田さん ノムさんも小さいスイングで600本打っている。

福本さん そうすると(バットが)前に出るんですよ。

山田さん 会場に野球部の子いる?勉強になったなぁ。大振りしなくてええんやって。何人来ているの?手をあげて。(5、6人挙手)もっとこないと。山崎さん、来年またこの会をしましょう。野球部に聞いてもらわないと。

福本さん 今は野球バブルだからやらないと。

山田さん 福本さん、甲子園の出場は。

福本さん 3年の時に1回出ていますよ。あかんと思っていましたが、1回戦で負けましたけど。延長13回にセンターとセカンドの間にポテンヒットして、お見合いしてサヨナラ負けしました。それから、社会人、プロになって絶対に前の球を追いかけるようになりました。

山田さん 168センチで活躍、ノムさんもテスト生から。子どもたちにもいいですよ。

福本さん 昔の選手はいろいろな努力をしているので、みんな強いです。

福本さん、国民栄誉賞辞退のワケ

山田さん 今日はノムさんがいるような気がします。記念館(野村克也ベースボールギャラリー)には行かれましたか。

福本さん いやあ、すごいなあと。写真撮りましたよ。トロフィーもそろっていて。僕が持っていたトロフィーはもうあちこちにいっている。

山田さん 全部人にあげているんですよね。なぜ?

福本さん いや、邪魔だから。

山田さん 僕ももらいました。800盗塁のトロフィーを高島屋の紙袋に入れて。国民栄誉賞も断っているじゃないですか。

福本さん 人の見本になれればいいけど、そうではないので。大きな荷物を背負って、歩き回れませんよ。

山田さん 王さんが取って、衣笠さんが取って。野村さんも国民栄誉賞をもらっていないのでは。捕手の三冠王なのに。これは網野町が動かないといけないのでは。野村さんが受賞するタイミングで福本さんも同時受賞してもらいましょう。

福本さん いや、僕はいいですよ。

山田さん 受賞に向けてこの会を毎年しましょう。そして野球少年に聞いてもらいましょう。

 

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