2023.09.08|

丹後のうどん、絹のごとく
織物の町になぜ 食べ歩いてみた

「うどん県」と言えば讃岐うどんの香川県が思い浮かぶだろう。実は、京都府北部の丹後地域でもうどんをこよなく愛する風習がある。祭事や冠婚葬祭、子ども会と、あらゆる場面でうどんが食べられ、家庭には専用の皿もある。織物業の盛んなまちで、絹のようにつるつるのうどんが愛される理由を探った。

京丹後市をはじめ隣接する宮津市、与謝野町のスーパーには「つねよしのうどん」で親しまれている麺がある。卸しているのは京丹後市大宮町上常吉の小塚製麺。そこでは8年前に田中佳士さん(36)、未紗さん(37)夫婦がU、Iターンをして、日々、従業員とともにうどん作りに精を出している。

大阪で営業マンをしていた佳士さんが子育て環境なども考慮し、京丹後市に移住した。未紗さんの父親で2代目の社長から、麺打ちなど仕事の8割を佳士さんが引き継いでいる。

「やり方も分からず、休みもなく、何度もやめたいと思いましたよ」

佳士さんが笑い、うっすらと白い粉が掛かった黒いつなぎが揺れた。土日も惜しまず、未明からの仕込みは体力勝負だ。それでも、客から「おいしい」の声を聞くたび、うれしくて続けてこられたという。

中華麺やそば、ゆで麺、生麺など種類が豊富な小塚製麺にあって、うどんは8割をしめる主力商品だ。さらに、「これからはもっと手軽さが必要」と、調整麺のバリエーションを増やす。油揚げやとろろ付きといった従来のタイプから、最近は大根おろしや温玉付きが登場した。

えりすぐりの小麦粉をブレンドし、近くの磯砂山から流れる清らかな水で自慢のうどんを仕上げる。「これからもこだわりを持って仕事をしたい」と佳士さんは前を見据えた。

うどんや調整麺といった小塚製麺の製品

祭り、地蔵盆、運動会
うどんがなければ始まらない

うどんにだし汁をぶっかけるスタッフ
夏祭りでうどんをほおばる親子

残暑の厳しい8月20日夕、京丹後市のお隣、与謝野町の算所地区で4年ぶりに夏祭りが催され、多くの家族連れでにぎわっていた。テントでは唐揚げや焼きそばがいい香りを漂わせる横で、うどん玉を並べたせいろが積まれていた。交換チケットを手にした客が絶え間なく訪れ、用意された300玉はまたたく間になくなった。

注文が入ると、器に入ったうどんとネギ、かまぼこの上からヤカンに入っただし汁がぶっかけられる。談笑しながら立ち食いする人あり、容器を持参して持ち帰る人あり。家族で味わった小学3年の尾上果歩さん(8)は「もちもちで、汁がひんやりしておいしかった」と笑顔をみせた。

麺は中太で表面がつるつる。こしの強い讃岐や、やわやわな他のうどんとは一線を画す。柔らかいがぷりっと弾力があり、サクサクしたネギと相性が良い。きりっとしただし汁は汗をかいた体にうれしく、ぐいぐい飲める。あっという間に平らげてしまった。

与謝野町では祭りやスポーツ大会、清掃活動の際、何かとうどんを食べる。地区運動会では昼食はもちろん、慰労会でもビールを飲んだ後に食べるほどだ。会社員の赤西和幸さん(54) 同町算所 は「テニスの大会でもうどんが出ます。炭水化物としょっぱい汁が運動後の体にちょうど良い」と太鼓判を押す。

行事に限らず日常でも食卓に登場する。地元のスーパー「にしがき石川店」(与謝野町石川)でも、ゆで麺や生麺をはじめ、油揚げとネギ、かまぼこがセットになったパックがずらりと並ぶ。日配品担当の百鳥悟さん(61)は「うどんの仕入れは地元製麺所が8割で、売れるのもほぼ地元麺。生麺は土産品としても人気で、暑い夏場はパック売りが午前中に売り切れます」。

スーパーに並ぶうどん

機織り職人が手軽に昼食?
うどん文化の鍵は「二毛作」にあり

うどんの生地を伸ばす尾上さん
祭りで提供された尾上製粉所のうどん

京丹後や与謝野といえば、丹後地域特産の絹織物「丹後ちりめん」のイメージが強い。その一方でなぜ、こんなにうどん文化が根付いたのだろう。

通説では機織りの最盛期、職人が手軽に昼食を取れ、定着したというが、果たして…。

与謝野町の祭りのうどんを提供した尾上製粉所(同町)の店主・尾上実さん(80)に聞くと、「さぁ、みんな好きなものを好んで食べているからじゃないかな」と苦笑しつつ「父親の時代は小麦の栽培が盛んで、うちも粉の製粉を引き受けていた。昔は自宅に大釜があり、よくうどんがゆでられていた」とぼそり。

続いて、「丹後〆うどん」と題する論文を発表した与謝野町教育委員会の加藤晴彦さんに尋ねると、「耕地面積が広い同町石川の地区内で米と麦の二毛作が盛んに行われ、収穫した小麦の消費方法としてうどんが定着していった」と教えてくれた。

どうやら、「二毛作」がカギのようだ。

その石川地区の公民館では、2012年から住民が週1回、「石川姫うどん」をこしらえている。担当する塩見勲さん(76)不二江さん(76)夫婦が「戦中戦後の食糧難の時は稲作の後に小麦がたくさん栽培されていたそうです」と説明してくれた。かつて地区内には2軒の製粉所があり、住民がうどん打ちのために小麦の製粉を依頼していたとか。

1960年代に安価な輸入小麦が流通すると、麦畑が減り、石川地区のうどんは一時姿を消した。だが、「懐かしのうどんを」との声が高まり、試作を重ねて地元ならではのうどんが復活したのだ。

今では毎週火曜、生麺500グラム、24パックが販売されている。夏は細麺、春秋は中太、冬は鍋にも使える太麺と、季節で麺の太さが変わる。草刈りや地域の見回りの参加者にも贈られ「うどんの効果か、みんな気張ってくれます」と区長が笑った。

石川姫うどんを仕込む塩見さん夫婦

文化を象徴するうどん皿も

うどん皿に盛られたうどん

与謝野町のうどん文化を語る上で欠かせないのが「うどん皿」だ。「うちには10皿1セットでありました」。与謝野町下山田の菊水食品で製麺を担当している武田康夫さん(64)が店舗に持参してくれた。

直径15センチ、高さ5センチと底が浅いのが特徴だ。「盆や正月に親戚が集まり、丹後ばらずしと一緒に食べるのが定番です。おもてなしの道具だったのかも」と推し量る。

今ではプラスチック容器が主流だが、皿が食器棚に眠っている家庭は少なくない。

織物業と二刀流で挑む
もちもち食べ応えうどん提供

へじや製麺のランチ

伝統のうどん文化に、新風も吹いている。

与謝野町弓木で織物の取次業を営んでいる廣野秀和さん(56)は2012年9月に副業としてうどんやパスタの生麺を手がける「へじや製麺」を始めた。本業の空き時間に自宅でできる商売との狙いと、幼少期から慣れ親しんだうどんで挑戦しようとの思いが動機だ。

廣野さんも幼少期、うどん皿を持参して子ども会の行事で友人と競って食べた記憶が残る。昔はせいろに入れられたうどん玉が商店で売られており「お使いで買いに行った時、うどん玉をだしも付けずにつまみ食いしていました。甘くておいしかった」と顔をほころばせる。

中太のゆで麺が主流な土地柄にあって「独自色を」と、こしが強い太麺を提供する。「ゆでたてを食べてほしい」と廣野さん。ランチも提供しており、モチモチと食べ応えのあるぶっかけと天ぷらが味わえる。

3年間の新型コロナウイルス禍を経て、地域の行事が復活し、うどんの注文も戻っている。うどんは「まちの元気」を表している。

一口にうどんといっても、形や太さ、弾力と店ごとに少しずつ違う。店主は異口同音に「どの店のうどんもおいしいけど、その中から自分のお気に入りを見つけてもらえたら」と勧める。

京丹後や与謝野にお越しの際は、「推しうどん」を見つけてみてはいかが。

 

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施設情報

  • 小塚製麺

    京都府京丹後市大宮町上常吉1108
    080(6107)2005

  • 尾上製粉所

    京都府与謝野町算所148-3
    0772(42)2832

  • 石川姫うどん(石川地区公民館内)

    京都府与謝野町石川759-2
    0772(42)3509

    火曜のみ、午前9時から販売

  • 菊水食品

    京都府与謝野町下山田388
    0772(43)0077

  • へじや製麺

    京都府与謝野町弓木1972
    0772(46)3535