2023.06.30|

京丹後の郷土料理「丹後ばらずし」 物価高でピンチ 大型サバ缶値上げ 「もはや高級料理」

丹後地域の郷土料理で、盆や正月、祭りの時に家庭で作られる「丹後ばらずし」が身近な郷土料理とは言えなくなりつつある。最大の特徴ともいえる「サバのおぼろ」を作る上で欠かせない大型の缶詰が4月に値上げしたのをはじめ、盛り付けに必要な食材の価格が上昇したためだ。「家庭の味が高級料理に」との声も漏れる。一方、この苦境の中でも、長年継承されてきた古里の味を守るのには理由があった。

「おぼろの量を減らすことはできない」。京丹後市網野町掛津の民宿経営者や主婦たちでつくる「琴引浜まんまくらぶ」の会合で、メンバーが異口同音に言った。6月に開かれる地元の催しで丹後ばらずしを販売するのだが、食材の高騰が悩みの種になっていた。「干しシイタケも高い」「使う食材、全部高くなっている」と声を落とした。

サバのおぼろをつくる上で重宝されている大型サバ缶

サバのおぼろに錦糸卵、紅ショウガ ハレの日の食卓彩る「ごちそう」

丹後ばらずしは、京丹後や宮津といった京都府の丹後地域で広く食べられてきた郷土料理だ。「まつぶた」と呼ばれる四角い木箱に酢飯を敷き詰め、その上にサバを甘辛く炊いたおぼろ、干しシイタケ、錦糸卵、かまぼこ、エンドウ豆(グリーンピース)、紅ショウガをちりばめる。結婚式や祭り、法事といった多くの人が集まるときに振る舞われてきた「ごちそう」だ。

具材はほかに、旬の野菜やタケノコ、シソ、ミョウガを使う家庭もあり、味付けも千差万別だ。ただ、「うちのばらずしが一番おいしい」とみんな口にする。

そんなばらずしの最大の特徴とも言えるサバのおぼろは、戦後に転換期を迎えた。水揚げ量の多かった江戸末期から昭和初期まで、焼きサバをほぐして砂糖やしょうゆを加えて水分がなくなるまで炊くのが主流だった。だが、戦後間もなくサバ缶が代用されるように。そして、現在ではマルハニチロ(東京都)の大型のサバ缶(370グラム)が定番となっている。

そのサバ缶が、4月の価格改定により値上げした。同社広報課によると、サバの不漁や小型化により原材料を調達する費用が大幅上昇したほか、原油高で物流や包装資材などのコストが増したためだという。370グラムの缶詰は770円から940円(いずれも参考小売価格)と170円の値上げを余儀なくされた。「不漁が続くと、価格の維持が不確定になる」(同課)という。

定番の缶詰「スーパーから消えた」 伝統の味、いかに守る

「まんまくらぶ」のばらずしの特徴はおぼろの量にある。酢飯が隠れるほどふんだんにおぼろを敷き詰め、その上に錦糸卵やかまぼこ、干しシイタケ、梅酢で漬けたショウガをちりばめる。米1升にサバ缶2個分を使う。イベントでは5升炊く予定のため、単純計算すると缶詰だけで例年より2000円も出費がかさむ。

だが代表の丸田智代子さん(62)は「大型の缶詰だと脂の乗りが違う。地域のおばあちゃんたちから継いでいるレシピは変えられない」とする。会の設立から8年。門外不出の献立ができるまでには昔からばらずしを作っている家庭への聞き取りや試作も重ねた。やすやすと食材の配分を変えるわけにはいかないのだ。

同会に限らず、ばらずし作りのコスト高に悩む団体や飲食店は多い。

市内全域で伝統食を伝えている団体「きらめき」も、秋に出品予定のばらずしの価格を従来通りに維持できるか議論が続く。宮津市由良のリゾートマンションで週2回、うどんやばらずしを提供している「安寿亭」は、酢飯に混ぜ込んでいるちくわの値上げも響いているという。

京丹後市久美浜町の観光施設、豪商稲葉本家の喫茶・食事店「吟松亭」で提供しているばらずしも大型缶を使っているが「値上げ前にはスーパーから缶が消え、購入する個数の制限もかかった」と明かす。

 

安寿亭のばらずし
吟松亭のばらずし

地産地消と地域の交流生む 郷土料理の味継ぐ理由ここに

それでも、郷土料理の味を継ぐのにはさまざまな理由がある。おばあちゃんの代から脈々と受け継がれた家庭の味というのは言うまでもなく、「地産地消」にも寄与するからだ。

いずれの団体も、米やグリーンピース、梅酢に漬けてつくる紅ショウガなど、地元産でそろえられる食材はできうる限り盛り込んでいるという。地域でとれた野菜の方が安心で、農業の活性化の一助にもつながる。「きらめき」代表の今井みどりさん(71)は「干しシイタケも農家から直接購入しています。これが昔からのスタイル」とする。

さらに、ばらずしをつくる中で生まれる交流も重要だ。6月4日、網野町でのイベント当日。「まんまくらぶ」の丸田さんの民宿にメンバーが集まり、手際よく容器に酢飯を詰め、豪快におぼろをちりばめていた。

「最近、元気にしとるん?」

「このごろ、朝刊届くの早くない」

「え、そんな時間に起きとるの」

作業の合間に自然と生まれる会話。これも、郷土料理により育まれ、深まる親睦のひとときなのだ。

丸田さんは「味を守ろうという思いも強いし、単純に食だけではなく、ばらずしは地域活性化に欠かせない文化ですから」と強調する。物価高の影響は痛かったが、イベントでは価格を500円で提供した。来場者から「久々に本物のばらずしを食べた」と感謝されたという。

見た目は似ているが、作り手により味がほんのちょっぴり違うばらずし。甘いおぼろにしょっぱい紅しょうがが効いたものや、あっさり薄味にさわやかな大葉の風味のタイプ、かまぼこの味がしっかりしたもの、酢飯にかんぴょうを混ぜ込んだもの・・・このほんのわずかなひと味の差に、家庭の味を継承しようという熱い思いと、古里の誇りをひしひしと感じる。丹後を旅した際には、そんな郷土料理を味わってみてはいかがだろうか。

 

Copyright ©京都新聞

「琴引浜まんまくらぶ」メンバーがつくる丹後ばらずし