2023.10.20|

丹後ばらずし いろんな形で
「ごちそう」守る思い 熱く、深く

「とり松」のばらずし

京都府北部の丹後地域で「ハレの日」の食卓を彩り、今なお愛され続ける郷土料理「丹後ばらずし」。家族構成の変化や、昨今の食材費の高騰で継承に一苦労する時もしばしばある。だが、幼少期から慣れ親しんだ「ごちそう」を守ろうとする料理人や住民の愛は熱く、さまざまな形で味をつないでいる。

過去の丹後ばらずしの記事はこちら

「郷土料理の味が変わる」 欠かせないサバ缶を守った料理店

京都丹後鉄道・網野駅から約2分、車で国道178号を北へ走ると、田園風景の中から黒が基調の木造の外観に、松のマークが入ったのれんの店が現れる。日本料理の「とり松」だ。

今年6月18日にリニューアルし、2階にはうどんやパスタ、ピザなど和洋さまざまな料理を提供するカフェテラス「MATSUTARO」を新たに加えた。本格的な懐石からファミリーや若者向けの料理で幅広い層をもてなす。

店の名物は「とり松のばらずし」。酢飯と酢飯の間に、サバを甘辛く炊いた「おぼろ」を敷き詰め、表面にもおぼろをちりばめる。定番の錦糸卵やシイタケ、かまぼこ、かんぴょう、タケノコ、グリーンピース、紅しょうがは色鮮やかで、目にもうれしい。

取締役の前川昇平さん(56)は、レストランやチェーン店が少ない土地にあって、いろんな料理を食べられる「食のランドマーク的なポジションを担いたい」との思いから、店を新装した。

一方、ばらずしへのこだわりも強く、かつて、それが行動として現れた時があった。

「大型のサバ缶の製造が終わるかも知れない」。前川さんたちに衝撃が走った。大型のサバ缶とは、マルハニチロ(東京都)の青森工場で製造されている内容量370グラムの大きなサバ缶だ。

サバのおぼろを作る際、「脂の乗りが良く、替えがきかない」と、多くの家庭で重宝されてきた。このサバ缶が姿を消すかもしれない。

前川さんは「郷土料理の味が変わってしまう」と危機感を覚え、ばらずしやおぼろを持参して青森工場を訪れた。工場長たちに試食をしてもらい、「一つの商品が、一つのまちの文化を担っている」と訴え、製造継続を求めた。この行為が功を奏してか、大型缶は今も京丹後市内のスーパーに並んでいる。

ただ、前川さんにばらずしは好物か、と問うと「いや、そうでもありません」と照れながら言った。ではなぜ、あれほどまでの行動を起こせたのか。

「ばらずしは、『なくてはならない』からです」と言い切る。物心つく前から食卓に並び、食べ続ける中で「ばらずし愛」が育まれていったのだ。

とり松では現在、持ち帰り用のばらずしのほか、4種類の味のおぼろを販売している。通常タイプや昔ながらのしそ入り、ゆず風味、子どもや外国人観光客向けのカレー味。一度もばらずしを口にしたことがない人たちにも、おぼろから文化を知ってもらい、裾野を広げられたらと望んでいる。

ふりかけ風にした丹後ばらずしのおぼろ。4種類の味がある
ばらずしのおぼろ作りに欠かせない大型のサバ缶

ばらずしは地域をつなぐ 弥栄のアイデアマンの思い

梅田さんが考案したばらずし関係の商品

京丹後市弥栄町溝谷の小さな眼鏡店「うめや本舗」。入店してみると、眼鏡ではなく、壁際に積み重ねられた「まつぶた」が目に飛び込んでくる。ばらずしのすし飯を詰める、細長く浅い木箱だ。

「このまつぶたには、内側に酢飯がくっつきづらいコーティングをしています。こっちはばらずしを切り分けやすくするために底が抜けます」。代表の梅田肇さん(68)がどうだと言わんばかりに笑った。

食事と釣りが大好きな梅田さんは、2011年にアオリイカ専用のしょうゆの商品開発をして以来、食品開発にのめり込んでいった。ワカメの茎を使ったふりかけやマグロの冷凍握りずし、マイワシのへしこ…。同市網野町出身で、プロ野球で活躍した故・野村克也さんにちなんだ「ぼやき煎餅」もある。創作意欲旺盛なさまは、さながら「弥栄のエジソン」と言ったところだ。

そんな梅田さんも、丹後ばらずしに強い思い入れを持つ。これまでに「ふるさとを離れ、都会で暮らす人でもばらずしを食べられるように」と冷凍タイプを作った。また、「大人数向けでなくても作れるように」と、2人前の小さなタイプから、4人前、6人前用のまつぶたも手がけた。

さらに、「ばらずしを作ったことがない人向けに」と、おぼろや紅しょうが、シイタケ、すし酢をパックした「具材セット」も考案した。「卵は自分で用意してもらうんだけど、錦糸卵でなくてもいり卵でもおいしくできます」と手軽さを重視した。

自身のホームページには「丹後ばらずしお披露目隊」と称し、レシピを紹介。地元の高校生たちと季節の具材を使った新たなばらずし作りにも挑戦している。

梅田さんがばらずしを大切にする理由は「人と人との親睦を深めるプロセスがあるから」という。それは、調理をする過程という意味にとどまらない。

幼少期から、家族や親戚と食卓を囲んで食べた。「ちょっとおなかいっぱいだから少のう(少なく)してや」と言う一方、おじさんが「俺はたくさん食うで」と、大きくよそってもらっていた。近所の人からのお裾分けも忘れられない。「今日は入学式があってな」と、吉報とともに手渡された。

ハレの日のごちそうゆえに、ばらずしは思い出とともに記憶に刻まれている。

梅田さんが作った、ばらずしを紹介した小さな絵巻には次のように記されている。

家族や親戚との団らんや

御近所へのおすそ分けで、

地域をつなぐ

コミュニケーションの役目を

果たしてきました。

食べる美味しさに加え、

作る楽しさも味わって欲しい。

梅田さんは「市役所に丹後ばらずし課があっていいくらい、大切なもの」と言い切る。

伝統を守りつつ、時に新たなひと手間を加えつつ、丹後ばらずしは受け継がれている。

 

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ばらずしを説明した絵巻

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