2024.04.12|

脇役のススメ
丹後の春の一品と
斬られ役の名優に思う

青空の下、天日干しにされる天然ワカメ(京丹後市網野町塩江)
旅館やホテルで提供されるワカメのしゃぶしゃぶ(京丹後市網野町浜詰・旅館「新海荘」のサイトから)

丹後地域の春の風物詩は、天然ワカメの天日干しだ。ミネラル豊富なワカメは「海の野菜」とも呼ばれ、食卓の名脇役だろう。

このワカメを地元ではしゃぶしゃぶにして主役級に扱う。湯につけた瞬間、茶色から鮮やかな緑色に変わる。コリコリした食感と磯の香り、目と口内で旬の一品を楽しむ。

年齢のせいか、脇役に心が向く。主役を引き立て裏方に徹する。能ではシテ方に対するワキ方。最初に舞台に現れて言葉で場面を設定し、観客を曲中にいざなう。シテが色彩画ならワキは墨絵とか。芸能や団体の競技で脇役は欠かせず、確かな存在感と信念を感じる。

思い出すのは没後3年になる俳優福本清三さんである。京都・太秦で時代劇の斬られ役を担い、「5万回斬られた男」と親しまれた。

「こいつを斬って気持ちいい、と(主役に)思われるように」。取材でこう話し、大きくのけぞって倒れる演技を見せてくれた。こなした役は浪人から物乞い、死体まで。「映ろうが、映ろまいが、一人の役者が気を抜いたら画面が死ぬ」。陰や隅から芝居を支えた。

4月、定年後の再雇用で働くご同輩もおられよう。立場の変化に最初は戸惑うかもしれない。そんな時は、職場全体では脇役、任された仕事は自分が主役、の心がけが肝要か。ワカメや名優のように。

 

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時代劇の斬られ役として注目を集めた故福本清三さん
「えび反り」とも呼ばれた福本さんによる斬られ方の演技