丹後の地酒 ひと味違うラベル
カラフル・ポップ 斬新に
丹後地域をはじめとする京都府北部の酒蔵で近年、カラフルな絵柄やポップなイラストなど斬新なデザインの日本酒ラベルが増えている。若手や女性、外国人らさまざまな杜氏(とうじ)がこだわりの味を追求する中、「日本酒離れ」に一石を投じようとラベルにも工夫を凝らす。これまでなじみが薄かった若い世代にも受け入れられているようだ。
絵柄とデザインで味を表現
社長が独学 酒造りと表裏一体
「CHIMERA」
「BLACK SWAN」
横文字に動物や怪獣の絵柄が描かれたスタイリッシュなデザインが目を引き、一見しただけでは日本酒だとは思うまい。京丹後市の「白杉酒造」社長の白杉悟さん(44)が「お酒の味やストーリーをラベルで伝えたい」と、2015年からパソコンソフトで自作している。
かつて、ラベルはデザイン会社に発注していたが、イメージ通りの完成品となることが少なく、独学で作り始めた。現在、その数は約20点にのぼる。
黒麹を使い、白ワインのような風味の「shirakiku vibrant」は黒地と緑色のラメの文字で高級感とさわやかさを演出した。白地に黒い砂時計がいくつもならんだ「to be continued…」は新酒をつぎ足して造っている点から、時をつなぐという意味を込めた。つぎ足す酒の銘柄が年によって異なり、味も変化する。透明なラベルから見える琥珀(こはく)色が美しく、甘口でこくがしっかりとしている。
毎年、新しい酒造りに挑戦している白杉さんは、完成する日本酒の味を想像しながらラベルのデザインを思い描く。ラベル作りは日本酒造りと表裏一体と言える。
自らデザインを手がけ始めた頃は、年間の製造量が約60石(1石は180リットル)だったが、今では240石にまで増加した。商品の販売が好調なのに加え、白杉さんの意欲的な酒造りにより新銘柄も増え、ラベルのバリエーションも多様化し、製造量も底上げされた。
「単にラベルがかっこいいだけではいけないんです。酒とラベルのストーリーが説明できなければ」と、白杉さんは強調する。
おしゃれ、かわいい、キャラクター
新たなファン獲得に向け一工夫
京都府北部にある全12酒蔵の地酒を4年前からそろえる、宮津市浜町の「宮津まごころ市」。売り場には定番の筆文字による書に加え、英語表記や紫一色のシンプルなラベルも並ぶ。店長の細見政司さん(62)は「目を引く商品が増え、幅広い年齢層に買われています」と話す。
いずれの酒蔵も小規模で、ファン獲得のため一目で手に取ってもらえるよう、ラベル作成にも腐心する。
舞鶴市の池田酒造は、都市部への展開を狙うブランド「加佐一陽」シリーズでラベルのデザインにこだわる。東京都在住のデザイナー山本ミノさんが手がけ、おしゃれな絵柄で若者たちの心をつかんだ。
2019年から販売している秋の限定酒「Moon Lover」は、酒蔵の前を流れる由良川と夜空に浮かぶ満月が描かれ、落ち着いた印象を与えている。
池田恭司社長(54)から依頼を受けた山本さんは、実際に舞鶴に足を運び、地元・加佐地域の景色を眺めた上で構想を膨らませた。複数のデザイン案を示し、池田さんと、妻で杜氏の菊江さんが作品を選んだ。
味にも自信を持つ。池田さんは「フレッシュさが前面に出つつもバランスが良く、落ち着いた大人の夜に合うお酒」と胸を張る。
秋と合わせ、春夏の季節限定酒は売上げの約2割増に貢献した。全国の有名銘柄と競合する京都市や東京都など都市部の酒販店でも「ラベルがすてきなので手に取る人も多い」と好感触だ。
池田社長は「若い世代は銘柄の有名無名に関係なく、自分の感覚を大事にして選んでいると感じる。私たちのような小さい酒蔵にとってはうれしい傾向」と手応えをつかんでいる。
福知山市の東和酒造は、銘柄の統一感を大切にする。地元の六人部(むとべ)地域の米を使った純米酒シリーズ「六歓」で、11代目杜氏の今川純さん(43)は型染め作家でいとこの弓場直子さん(59)=福知山市=にラベル作りを依頼した。版画の様な赤や青、黄など色鮮やかな絵柄が特徴だ。
弓場さんが新たなラベルを手がけるまで、同じ銘柄でもサイズによってデザインが異なっていたため「同じブランドなのか分かりにくい」という声が顧客から寄せられていた。今では弓場さんのスタイルを基調に、味や香りから着想を得てモチーフをつくる。
14年に完成した「六歓」シリーズの元祖になる「はな」は、味や香りが花のように口に広がるというイメージから色鮮やかな花々が咲き誇る絵柄に。宇宙を描いた「えすえふ」は「さ(S)らっとふ(F)んわり」した軽めの味わいで、新たな酵母との未知との出会いを感じてほしいという思いを込めた。
今年9月に発売した新酒「ほくほく」は秋の収穫を表現しようと、米やブドウの入ったかごを背負うかわいらしいクマが描かれている。この時期は各社とも新酒を販売し競争が激しくなるが、「ほくほく」は3週間ほどで約450本が完売した。
今川さんは「日本酒になじみのない人でもラベルのおかげで“ジャケ買い”のように手にとってもらいやすくなった」と話し、「インスタグラム」といったSNS(交流サイト)で見栄えを意識した情報発信にも力を入れる。
与謝野町の与謝娘酒造は、12年から登場したポップなカエルのキャラクターが人気を博す。
手がけたのは蔵元杜氏の西原司朗さん(43)の妻で、デザイン会社に勤めた経験もある枝里さん(43)だ。「旅から無事、帰る」や「子負うて帰る(買うて帰る)」などの語呂で縁起がよいとカエルを選び、商売繁盛を願って「打ち出の小槌」の上に乗っけた。ラベル以外にも前掛けやトートバッグなどのグッズにもプリントされている。
16年から香港や台湾、オーストラリアといった海外向けに展開するブランド「ヨサムスメ」シリーズにもカエルは登場する。「終日(ひねもす)」「黄昏(たそがれ)」「小夜(さよ)」「暁闇(あかつきやみ)」の4種類があり、それぞれローマ字で記されている。中でも西原さんがお気に入りの「AKATSUKIYAMI」はワイン酵母を使用し、甘酸っぱい中に、ほろ苦さも感じられるのが特徴だという。
シリーズのコンセプトは「時間の流れの中で楽しんでもらえる酒」だ。ラベルには酒蔵から見える大江山や水田、商品名にちなんで月や太陽が描かれている。カエルはぱっちりと目を開いていたり、眠たげに目を閉じていたりと、商品ごとに表情が異なる。
海外の日本料理店ではオーナーや利用客から「ラベルが可愛い」と好評だ。枝里さんは「ラベルからも親しみを感じ、選んでもらえたら」とほほ笑む。
ラベルに込めた娘の成長
娘の成長に思いを込めたラベルもある。
綾部市の若宮酒造の「綾音」は、地元の米100%で造る酒だ。商品名は、多くの人が綾部を知ってもらえるようにとの思いを込めつつ、長女の名前をそのまま引用した。
2019年に京都工芸繊維大の学生が企業訪問で同酒蔵を見学した際、日本酒好きの学生からラベルを作らせてほしいとの提案があった。社長の木内康雄さんは綾音の新しいラベルをお願いし「日本酒のラベルらしくないデザインでもよいよ」と助言した。
長女がモチーフに決まった時、中学3年生で高校受験を控え、神経質になっていた。学生から長女の写真を送ってほしいと頼まれ、木内さんは撮影しようとしたが、彼女は嫌がった。そんな中、不意に写った横顔がモデルとなった。
切り絵の様にくっきりとした輪郭で、おかっぱのような髪型が印象的だ。その紙の上に、綾部の夜空に浮かぶ星をイメージし、金の粒子をまぶした。
発売当初の綾音は長女が小学校低学年で超甘口だったが、成長に合わせて毎年風味を変えている。これから、少しずつすっきりとした辛口になるのか、角が取れてまろやかになるのか、どう変化するのだろう。
長女は大学受験を控えており、来年には実家を離れるかもしれない。木内さんは「いずれ家を出ると思うが、古里や家業を発信してもらえたら」と願う。数年後、大人になった綾音の姿で新たなラベルをつくろうとの思いも巡らせながら。
斬新なラベルデザイン
職人の挑戦とこだわり反映
ラベルの多様化のきっかけについて、府北部の地酒に詳しい日本酒ソムリエで丹後酒蔵ツーリズム運営委員会委員長の古田豊弘さん(60)=宮津市=は、10年前に始まった「丹後天酒まつり」を指摘する。まつりを機に酒蔵同士のつながりが強まり、競うように新たな商品が増えたという。「斬新なラベルには酒造りの伝統を超えようと挑戦し、徹底的にこだわる職人たちの気質が表れている」と話している。
丹後の地酒を飲む際は、ラベルに込められた物語も味わってほしい。
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